原作の“時を越える物語”に魅せられた
オスカー受賞者たち
オスカー監督のロバート・ゼメキスが、本作の製作を決めたきっかけについて、こう語る。「数百年前に建てられた家に泊まった時、石の壁を見ながら、いったい何人が私の座っているこの場所を通り過ぎていったのだろうと考えた。その人たちが皆、生き生きと活動しているところを想像してみた。恐怖、幸福や悲しみ、病や健康といった人生模様だ。窓や壁はずっとそこにあって、たくさんの人があのドアを通りぬけて行った」
絶賛されたリチャード・マグワイアによるグラフィック・ノベルを映画化した本作は、地球上のある地点に暮らす幾世代もの人々の物語だ。先史時代から現代まで、一つところで展開するあらゆる愛と喪失の遍歴を描く。プロデューサーのジャック・ラプケは、「本作はタイムトラベルのような映画だ。時間は移り変わるが、私たちがいる場所は変わらない。生活様式は変わる。椅子はすり切れ、新しい住人が来てすっかり模様替えをするが、部屋のつくりや位置が変わることはない。全く違ったストーリーラインが交差する。充実した人生もあれば、存分に生きたとは言い難い人生もあったかも知れない」と説明する。
オスカー受賞の脚本家、エリック・ロスは、「永遠にここにいることはないと皆わかっている。でもここにいる間、大切な瞬間とは何だろう? 原作からどこを取り入れるか選ぶ際には、人生の中で、その時は一瞬のように思えるが、振り返ってみればすべてであることを考えていた」と振り返る。
もう一つの重要なキャスト──家
本作にはもう一つ重要なキャストが登場する。家そのものだ。プロデューサーのジェレミー・ジョンズは、「僕たちがよく言ったのが、この部屋が主要キャラクターだということ。もちろん主要キャストもいるが、部屋がそれくらい大きな役割を果たしている」と説明する。
プロデューサーのデレク・ホーグは、「あなたがた観客は壁のようなものだ。あなたは今ここ、この場所で展開されるストーリーを目撃している。登場人物が仕事で疲れていたり、クビになったり、卒業したり。たいていのストーリーが描くのはそこだ。だが本作では、登場人物が皆死に絶えた後を見ることができる。異なる視点から、異なるエネルギーでね」と語る。世代を越えた壮大なストーリーの舞台となる、生きて呼吸しているような部屋を作るため、製作陣は様々な映画製作のテクニックを駆使した。
VFXで10代から老年まで演じる
キャストたち
ゼメキスは、ティーンエイジャーから祖父母まで、様々な年齢のキャストをどう描くか、慎重に考慮する必要があるとわかっていた。シームレスで説得力のある老化の感覚を出すため、製作陣はVFXスタジオのMetaphysicと協力し、ハンクスや他のキャストの何千枚ものアーカイブ画像を使用し、俳優のデジタルメイクを作成した。
ゼメキスは、「本作のように複雑で、異なる時間軸が重なり合う物語を描く場合、同じキャラクターを複数の俳優が別々の年齢で演じると、違和感が出てしまう。このツールを使えば、トム・ハンクスやロビン・ライトのような偉大な俳優が、自分のキャラクターを若者として演じることができる。だから、観客は全くの別人を見て、『ああ、若い頃の彼だったんだ』と思い込む必要がない」と説明する。
撮影現場にはデュアルモニターが設置され、キャストとスタッフは、それぞれの俳優がデジタルメイクを施した時と施さない時の姿をリアルタイムで見ることができた。VFXスーパーバイザーのケヴィン・ベイリーは、「一つのモニターには、生の映像が映し出される。もう一つのモニターには、俳優の幼い顔が入れ替わり、まるで実写カメラで撮影しているかのような映像がリアルタイムで映し出される。だからボブは指示を出しながら、若いトムとロビンの演技を現場で確認することができた」と語る。
ベイリーは、「デジタルメイクがどれだけうまくいっても、そのメイクが施された演技が十分に説得力のあるものでなければ意味がない。俳優がリアルタイムのフィードバックを得ることは、映画を成功させる上で非常に重要だった」と付け加える。
本作のために開発されたレンズによる
一つのカメラアングルでの撮影
ゼメキスは原作のグラフィック・ノベルの革新的なストーリーテリングを称賛する。「この小説は地球上のある視覚的な場所が舞台であり、その周囲で世界が変化する。作者のマグワイアは、同じ風景の中にコマを描くことで、グラフィカルに表現している。この物語を映画化するにあたり、我々は変わらないビジュアルを用いることで、異なる物語が対話しているかのように時間を超えて響き合う感覚を表現した」
本作のドラマはすべて一つの場所で展開する。そのため、ゼメキスは登場人物の人生を広い視野で捉えようと、一つのカメラアングルだけを使うというユニークな撮影スタイルを採用した。ゼメキスは、「この物語の伝え方を決めるために、映画製作に一生分を費やした。一つのカメラ位置から何世紀もの時を経て展開する映画では、すべてのシーンがそのフレームの中で機能しなければならない。簡単なことのように聞こえるが、すべてのシーンをすべての時代のすべての登場人物に対応させるためには、想像を絶するほど複雑なセットになる」と語る。
LED技術による移り変わる
窓の外の景色
製作陣はまた、LED技術を使ってセットをより豪華で臨場感のあるものにした。昨今では、バーチャルプロダクションと呼ばれる、視覚効果のプロセスを実際にセットに持ちこむやり方を採用している。本作では、部屋の窓の外に見えるものすべてが、大きなコンピュータースクリーンに映し出された映像で、高性能のゲームエンジンが外の近隣を作りだしている。つまり、視覚効果はもはやポストプロダクションだけのものではなく、実際に撮影中にも行われている。
comments
順不同、敬称略
家族の、人類の、生物の、地球の歴史。
今わたしたちが暮らしているのは奇跡なのだと、スクリーンの魔法が語りかける。
あまりにも平凡であまりにも輝かしい、どこにでもある、ここにしかない物語。
鈴木保奈美
俳優
定点カメラで切り取ったたった一つの場所のさまざまな時代。
そこでの小さな営みの積み重ねを眺め続けることで、人は自然とスクリーンの奥に自分の人生を再発見するのではないでしょうか?
ゼメキス監督がまたも前例のない映画作りに取り組んでいるのを見て感服しました。
山崎貴
映画監督
見知らぬ土地に刻まれた、居住者たちの記憶と感情。
自分と無関係な他者の生を定点観測していたはずが不思議なことにフレームに個人史を重ね始めていた。
そして最後には静かに涙した。これが映画の魔法か。
SYO
物書き
全編ほぼ定点撮影とかマジかよ…凄すぎるぜ、ロバート・ゼメキス…。そして描かれるのは“壮大な家族の物語”だ。大胆な挑戦と、繊細な物語。映画の魔法をふんだんに詰め込んだ素敵な傑作!
赤ペン瀧川
映画プレゼンター
これはシリーズ化希望、地球上の他の場所で他の監督の『HERE』も観てみたい! と思ってしまうほど面白く、同時にゼメキス監督のこれまでが甕に継ぎ足された秘伝のたれのように唯一無二の味わいを出す。感服しました。
野中モモ
翻訳者・ライター
あなたの皮膚を一枚めくると、そこには母や父の皮膚が現れ、先祖たちの、そうして見知らぬ人々の、通り過ぎていった人々の皮膚がどこまでも続き、それらの全てが今のあなたを形づくっているという、そんな感覚。
円城塔
作家
リビングに固定された視点。
その位置は決して変わらない。
だが、空間にフレームを出現させながら、
異なる時間をコラージュすることによって、
物語が重奏化していく。
五十嵐太郎
建築史家,東北大学大学院教授
『HERE』は、人生といういくつもの「窓」が交錯する物語である。それは時空を越え、かつてここで暮らした誰かの生活を「今、ここ」において接続する。
大西萌
窓研究所
先史時代から現代、同じ場所に据え置いた設定のカメラで往来する、ゼメキス版“ツリー・オブ・ライフ”。ややステレオタイプなアメリカの家族観がベースながら、時代を超え繰り返される喜怒哀楽に共感。
よしひろまさみち
映画ライター
太古からコロナ禍までをつなぐフレームが映すもの。それは愛も幸福も価値観もすべてが変わりゆくということ。壮大な時の流れを前に、人の営みなど無数の泡沫にすぎず、いつか必ず消える。その残酷な理があるからこそあらゆる瞬間が尊いのだと、このドラマは悠然と物語っている。
ISO
ライター
いつだって、選ばなかった道がある。
喜びも後悔もひとまとめで自分の人生であり、選んだ道こそが正しかったと、この映画の主人公である、うつろいゆく“家”は静かに語りかけてくれた。
赤山恭子
映画ライター
壮大な歴史における一幕も、ささやかな家族のストーリーも、全てが「ここ」で展開している。
ゼメキスは彼にしかできない映像表現で重層的な時間の連なりを見せて、他のどこでもない、「今」「ここで」生きる人たちの物語を肯定しているのだ。
山崎まどか
コラムニスト
人生の尊い瞬間が詰まった時空を超える物語。神のような視点でさまざまな人生を追体験することで、どんな人にも幸せも苦しみも奇跡も訪れることに気づく。後悔している過去も不安な未来も、すべての瞬間を大切に抱きしめたくなる素晴らしい映画です。
DIZ
映画アクティビスト
定点観測と時間旅行をこんなふうにアレンジするなんて!
いま自分がいる“この場所”は、かつてどんな風景だったのだろう、
誰がどんな人生を送ったのだろうと、
観る者の想像力を広げてくれる驚きに満ちた映画だった。
新谷里映
映画ライター
同じ場所に暮らした何世代もの人生をまさかの定点カメラで描く驚異の映像体験に…オーマイガー!
一人、また一人と家族が増え、時に居なくなる。その時々にドラマがあり、それを乗り越えてまた生きる。
固定フレームに過去と未来を交錯させながら、かつてないほどささやかな個々の“暮らし”を描いた本作は、歴史を超えたもっとも小さなスペクタクルだ!
こがけん
芸人
まったく新しい映像体験。
見終わると、豊かな物語を見た幸福感に包まれます。
岡田惠和
脚本家
ちょっと待ってほしい、こんなにすごい映画だったとは…! “観る”ではなく“一生”を生きる体験だ。カメラは固定されビタッと動かないが、時代と空間が動き続ける。ゆえにダイナミズムがすさまじい。観客の脳のヒートマップは、あちこちが真っ赤に光り続けるだろう。あなたはこれから、人生を駆け抜けることになる――忘れられない104分間。幸福に包まれるラスト。
映画.com編集部
原作漫画を読んでくれ。この映画の前に。いや、贅沢は言わない。映画の後でもいい。原作漫画を読んでくれ。言いたいことはそれだけだ。どうか原作漫画を読んでくれ。
成田悠輔
うえむらのぶこ
イラストレーター
永遠ではない日常の出来事、些細な感情や何気ない瞬間。 始まりも終わりも孤独も希望も、すべてを包み込む場所が自分にもあってほしいと強く思えた。
坂内拓
イラストレーター
フクイヒロシ
イラストレーター